映画の前衛とは何か/ニコル・ブルネーズ【新刊】 須藤健太郎 訳
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Cinémas d'Avant-garde / Nicole Brenez
須藤健太郎 訳
10/2012 初版第1刷 現代思潮新社
360p 13.5×19.4×2.7
ハードカバー カバー・帯 付
情熱とは砂をも燃やすものだ。
前衛はそこかしこに存在している。
眼差しとは政治だ。
語り口だけが現実だ。
フランスの映画研究の最前線がここにある。
【目次】
第一章 「前衛」とは何か
一 前衛の歴史、前衛の論理
二 映画というイデオロギー装置と表象の問題
三 前衛映画の活動戦略
第二章 前衛映画は何を使命とし、どう振る舞うのか
一 映画に固有なものを解き明かす
二 既存の設備や機材に疑いをもつ―新たな造形性のための技術開発、既製品の転用や拒否
三 産業体制と同じものを使いつつ、その可能性を最大限に汲みつくす
四 物語を語るための新しい叙述形式を生みだす
五 世界を記録し、事物をあるがままに描写できる映画の特性を掘り下げる
六 現象の切り取り方の規範に異議を唱え、その組み立てや組織編成において新しい形態を提案する
七 社会が目を逸らす映像をあえて作り、流通させる
八 政治闘争を先取りする、あるいはそれに同行する
九 映画をほかの芸術(哲学、文学、音楽、絵画、ダンス、ビデオなど)と結びつけ、「芸術の超克」への道を開く
一〇 過去と現在の映像の役割と機能を問う
一一 いま、ここに、多幸症的であれ、憂鬱なものであれ、もう一つの別世界を打ち立てる
一二 象徴の世界から脱け出す
第三章 映画が爆発する―二〇〇〇年代の映画
一 ヴィルジニー・デパント&コラリー・トリン・ティ『ベーゼ・モア』―快楽が押収されるときに
二 ペドロ・コスタ『あなたの微笑みはどこに隠れたの?』&シャリフ・ワケド『チック・ポイント』―革命的人文主義のルネサンス
三 ムニール・ファトミ『神は私を許したもう』―映像は噂のようにゲットーを流れ……
四 アクラム・ザアタリ『この家のなかで』―創造的記憶
五 レベルデミュールの設立―批評家の使命
六 若松孝二『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』―歴史的試練にかけられるとき
七 レック・コワルスキー『カメラ・ウォー』―個人は暴動のように
八 アンドレイ・ウジカ『ニコラエ・チャウシェスク自伝』―政治権力への憎悪を映像に込めて
九 マリレーヌ・ネグロ『Xプラス』―民衆を見せる方法をあらたに打ち立てる
一〇 ジャン=リュック・ゴダール『ゴダール・ソシアリスム』―映像の共和国
第四章 必読テキスト十二
一 レイモンド・ダンカン「労働の真の目的」、一九一二年
二 衣笠貞之助『狂った一頁』(一九二六年)をめぐるインタヴュー、一九七五年
三 ジャン・エプスタン『悪魔の映画』、一九四七年
四 エドゥアール・ド・ローロ『ブラック・リベレーション』、一九六七年
五 ジャン=リュック・ゴダール「何をなすべきか?」、一九七〇年
六 足立正生『赤軍―PFLP・世界戦争宣言』冒頭、一九七一年
七 レイモンド・カラスコ「アルトーのあとに」、一九八四年
八 ハヴン・デ・ラ・クルス「デジタル十戒―映画なき国フィリピンのためのマニフェスト」、一九九九年
九 リオネル・スカズ「張善宇の『バッドムービー』について」、二〇〇二年
一〇 ルネ・ヴォーティエ「社会参画の映画のための定義と原則」、二〇〇三年
一一 フィリップ・グランドリュー「映画を教えることについての手紙」、二〇〇九年
一二 ピーター・ホワイトヘッド「はじめに映像があった。しかしその前に、前衛があった……」、二〇一〇年
第五章 正典に反対して
注
フィルモグラフィー(年代順)
参考文献
謝辞
解題 アヴァンギャルドとは何か、何だったのか/佐古節子
一 花田清輝の失望
二 語源と概略
三 モダンであること
四 誰がアヴァンギャルドを論じてきたか
五 運動は流派ではない
六 行動と闘争、ユートピアと実験
七 芸術家の孤独と誘惑
八 科学と政治
九 ポストモダン的弛緩
一〇 近代日本の問題
後記
ISBN : 978-4-329-00484-0